2014年06月23日号
自分の理解できない事柄について「難しい事柄」との一言で片づけてしまい、自ら調べ探求することを億劫がる傾向の者がいる。入社早々の新人社員であれば、本人の未熟さや学校教育の至らなさを理由にすることができる。
しかし、管理職は中堅社員クラスの間に企業人としての常識的な事柄に「難しい」という口実のもとで、探求を厭う傾向があらわれたならば要注意しなければならない。それは「自分の頭で考える」行為を放棄して、あたかも「難しい事柄は自分には解らなくてよいことだ」という具合に学習体験の拒否につながるからだ。
企業人にとって自分の知らないこと、理解できないこと習得に至っていないことを「難しい」といってしまえば済まされると思うのは大きな誤りだ。その本心は“自分で理解しようとしない”“自分は関わりたくない”“指示された仕事以外は自分の仕事ではない”という「防衛機制」のあらわれだ。
仕事の上での常識的な事柄に対して「難しいから…できない」といって済ませる部下が現れたならば、管理職は毅然として「自分で調べろ!」「自分の頭で考えろ!」とその安易な姿勢を指弾すべきではないだろうか。
今の自分に「わからないこと」「知らないこと」を「難しいこと」と決めつけ、簡単に答えが出ない事柄を「難しいから…」の一言で片づける癖がついてしまうとますます仕事は他人事になっていく。
仕事上や企業組織での立ち振る舞いやお客様対応などの対人関係などの立ち振る舞い方も同じだ。自分に理解できない事柄、至らない事柄を単に「難しい」の一言で片づけてしまっていては、自分で自分の“成長の伸び代”を閉ざしてしまうことになる。
何事にも疑問や疑いを持って仕事を進めていくこと、自分の日常の対人行動を検証していくことが、成長につながるものだ。疑問を持たずいわれたことだけを自分の価値基準で粛々とこなしている者に自己成長は無縁ということだ。
知識偏重をとるべきではないが、知らないことは、“恥である”という気風を職場内に浸透させていくことも管理職の役割の一つだ。
もちろん、管理職が心掛けなければならないことは「むずかしいことをやさしく」伝えるということだ。しかし、「わからない事柄を放置しているとそこで成長が止まる」ということを部下に伝えていく行為をしなければならない。
管理職は時には部下から煙たられるかもしれないが、部下に“自分が知らないことは自分に足りないものである“という心構えを持たせなければならない。そして、何事も自分で追求し手がかりをつかむ癖をつけさせる努力の必要性を強調し続けなければならない。
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