2021年07月26日号
企業組織が従業員の福利厚生の充実を図り、定着に向けた施策を行うことは決して否定されるべきものではない。確かにこの種の施策は従業員の帰属意識を高めることにはつながる可能性はある。ただし、最後まで一貫してこうした姿勢を「貫くことができれば…」の話である。単なる流行のリテンションマネジメントを行ったところで、勘の良い従業員には見透かされるだけである。
人事マネジメントで押さえておかなければならないことは、「企業組織は家族や地域共同体ではない」ということである。つまり、企業組織はあくまでも利益を追求するために目的を持って組織された「機能体組織」であるということだ。利益を追求するとは、企業が存続していくための条件でもある。
企業組織が問題とすべきは過度な帰属意識が従業員に蔓延するならば、経営の思いとは裏腹に従業員の中に「心地のよい親密さ」が醸成されてしまうことである。「心地のよい親密さ」の常態化が、経営環境への変化対応を厭う心理を従業員に植え付けてしまうことにもつながる。この心理が高じるならば、企業から与えられている自らの処遇を「当然のこと」と思いはじめてしまう。余談ながらこの意識を助長させてしまったのが「労働基準法」をはじめとする各種の労働法制でもある。
企業組織における「心地のよい親密さ」は、いつしか本来は何よりも優先されなければならない、利益の追求を二の次にしてしまうことにもなる。これが高じると企業の業績に対して「自らが果たす役割」と役割を全うするために不可欠な自らの職務能力の向上やコンプライアンスが忘れられることにもなる。不祥事に手を染めてしまった従業員が「会社のためにやってしまった…」などと弁明するなどはこの典型でもある。
この心理も「心地のよい親密さ」を守ろうとする自己の一つの願望のあらわれであると見ることができる。これは「企業に頼る心理」と裏腹の関係でもある。経営権を分担して行使する管理職は、このような従業員心理を承知した上で、あくまでも個々の従業員の職務遂行能力を基準とした対応に徹する必要がある。
併せて、何事においても信賞必罰の対応をしていかなければ、いつまでたっても従業員との健全な関係を作り出すことはできない。とりわけ、従業員間で同一職務と能力でありながら“社歴数や経年によって報酬が異なるのは当然だ”という旧態依然とした意識に留まっているならば、社歴の長い従業員の「心地よさ」は助長されるが、逆に社歴の短い従業員のモチベーションを維持させることはできない。
組織内での「心地よさ」という関係の下では、同一職務と能力を有する社歴の短い従業員は、さっさと転職してしまいリテンションなど成立しなくなる。とりわけ自らの能力に自信があり自ら能力の向上に勤しむ若手社員にはこの傾向が強まっている。これとは逆に自らの能力向上に励まない者は、ますます「いわれた事しかしない」=「指示依存」という態度に終始する。
今日の企業組織にはこの二極化か発生していると捉える必要がある。従業員の抱く組織への「居心地の良さ」に浸っていたいという心理からは、いつしか外の風におびえ顧客志向から乖離した組織風土を生み出してしまうものだ。これでは企業の組織力が高まらない。「居心地の良さ」は結果的に内向きで悪平等の温床を抱えた組織となってしまう危険性がある。
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