2014年03月31日号
新年度を迎えて各企業では新入社員や配属・配置転換による新任者が職場に入ってくる時期だ。新入社員が具体的に配属されるまでには、まだ若干の時間があるだろうが、いずれにしても管理職にとっては、気ぜわしく多忙な時期でもある。同時に管理職にとってはその力量が問われることにもなる。
管理職はとりわけ新人との接し方において、安易に「世代間の意識格差」に注意しなければならない。管理職が単純に自分基準という物差しだけで新人を捉えると意識のズレが相互に拡大するだけだ。
もちろん管理職が新人におもねる必要もないし、迎合する必要もない。ただし、新人は自分とは明らかに異なった「就労観」を持っているという認識、いや「覚悟」をしておく必要がある。そこで、管理職は新人の「就労観」に呆れたり、匙を投げたりせず「企業における仕事とは何か」「自分の人生において仕事はどのように位置づけられるのか」という根源的な問題について、常に考えさせる“習慣づけ”をさせていくことが重要だ。
こうした働きかけを抜きにして「リテンション」マネジメントは成立しない。管理職は必ず「そんな面倒な事をするぐらいなら、自分の部門や部署に新人が配属されるのは迷惑だ」との思いに駆られるだろう。しかし、新人は管理職の「迷惑意識」を必ずといってよいほど敏感に感じ取るものだ。
その結果として管理職の側からのOJTも効かなくなってしまい、何時しか新人を「放置」することになる。するとますます新人に何をやらせてよいかがわからなくなり、「最近の若い者は…」との常套句で溜飲を下げることになる。あまつさえ「なぜこんな新人を採用したのだ」と採用担当者に「毒づく」ことになり、ラインマネジメントと採用マネジメントの軋轢を生みだすことにもなってしまう。
どんな新人であっても最初の段階では、「自分に与えられる業務や指示を繰り返していればいい…」という姿勢に陥りがちなものだ。管理職の側も「何はともあれ、いわれた事をしっかりと実践してくれればよい」との思いが強く働くのは当然だ。
しかし、新人に「指示された事だけ」の繰り返しをさせておけば、新人は結果的に“自分の頭で考えない習慣”が身についてしまうものだ。時には管理職の品定めをしたりする輩もあらわれ、自らの主体的行動を顧みない単純な「傍観者」になり下がる危険性もある。
たとえ一人の新人の傍観者意識が、企業組織の発展の桎梏となることがある。そこで、管理職は自ら先頭に立って、新人が自分自身で企業での仕事を通して「どのようになりたいのか」「何を得たいか」を明確に語れるように導いていくため、仕事=課題から逃げずに取り組む自分の姿勢を見せていかなければならない。
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