2014年01月13日号
部下指導に頭を痛める管理職は多い。時には親子ほど年の離れた部下に対する指導を担当せざるを得ない管理職もいる。「こんなこともわからないのか?」「社会人の基礎から教えるのは本当に面倒で、自分の仕事ができない」と嘆く管理者も多い。
しかし、管理職が嘆いたところで若手部下が自然に成長してくれるわけでは決してない。指導を放棄して放置してしまえば、どのような“原石”も光ることはない。そして、若手部下が成長しない限り管理職の負担は増すばかりになってしまう。
管理職が行う部下指導で注意しなければならないことは、全てに対して一律の指導は通用しないということだ。部下の状況によって事細かに指示を出すほうがよい場合もあれば、黙って見守っていたほうがよい場合もある。その時の状況によって臨機応変に指導方法を変えることが重要だ。つまり、部下指導にあたっては、こうすればいい、こうあるべきだ、といった一律な目標の設定は逆効果となる。
要は部下一人ひとりの状況に合わせた指導を行う必要がある。管理職が行う部下の指導・育成を「一方的な命令」と勘違いしてはならない。また、常に管理職は、部下はその心理として“上司の指導を望んでいる”ということを心しておかなければならない。さらに可能な限り日頃から日常業務の端々で、部下の一人ひとり話し合いの機会(接する機会)を設け、それぞれが仕事上でどのような訓練を望んでいるか、そのニーズを把握しておくことも、管理職として大切な役目なのである。
話し合いの機会(接する機会)を設けたとしても、それが管理職の側からの一方通行の会話では、何時しかそれは知らず知らずに部下への「お説教」に転化する危険性もある。指導のつもりが時代錯誤的な自慢話ととられることもある。挙句の果てには部下一人ひとりの特性を考えず、管理職の自分基準に依拠した考え方を押し付けるだけになってしまう。
もちろん、昨今のパワーハラスメントや部下から嫌われることを恐れるあまり、部下に対して「腫れモノに触る態度」をとる必要もない。あくまで、管理職は自らの行う業務指導に自信を持ち、毅然とした態度を堅持しなければならない。さもなければ、本当の意味での組織コミュニケーションは成立しない。管理職が毅然としていなければ、部下の側も管理職からの言葉を素直に受け入れるはずもなく、逆に「頼りのない管理職」と映るものだ。
そもそも、企業組織での職位の違いは、パワー関係を生み出す。そのため部下は上司に対してつねに萎縮せざるを得ない関係にある。管理職はこの点をしっかり理解することが必要だ。部下の側は「自分の言いたいことを聞いてくれる」と思った管理職には心を開くものだが、パワーを振り回し部下の育成に無頓着な管理者を見切るのは早い。管理職が自分の部下に対して「アイツは、何度いってもわからない」嘆くことは、部下を“わからせることができない”自らのマネジメント能力の欠如を暴露するようなものだ。
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